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2006.11/01(Wed)
人権学習
「HOTEL RWANDA」ホテルルワンダ。人権学習で観た映画はこれでした。
昨日はなんか軽い感じで書いてたけど、この映画…いろいろ深刻に考えさせられた。

ルワンダっていうアフリカの小国の話。
そこでは、フツ族とツチ族っていう二つの民族がいて、
少数派民族であるツチ族を中心とした国家になっていた。
それに反抗した多数は民族のフツ族を中心とする勢力がクーデターを起こし、
平和協定を結んでた大統領を暗殺し、争いは本格的に拡大していった。

その争いに巻き込まれた、ホテル・ルワンダ支配人ポール・ルセサバギナの話。

重かった。本当に。
これからみんな勉強に必死にならなきゃならない時期に、こんな重い映画を観せるか。
私もなんか…胃がおもーくなってしまいましたよ。

ツチ族もフツ族も、見分けがつかないくらい似てるんです。
違うところといえば…なんだっけ。鼻の高さ?とか。細かっ!!
肌の色も喋ることばも同じなのに、なにがそんなにお互い気に食わないのかわからない。
そんなほぼ同じ民族が殺しあうなんてわからない。
きっとそれは、平和な世の中で生きてきたからこそいえることなんだろうけどね。

ポール・ルセサバギナさんに切実に会ってみたいと思った。
最初は、自分の家族さえ守ればいいと思ってたんです。自身はフツ族だけど、妻はツチ族だし。
でも、たくさんの犠牲者を目の当たりにして、難民をホテルに匿うことを決意するんです。
自分の人脈を頼りにして。
なんてすごい人なんだろうと思った。しかも、今でも実在する人なんだから。
これは決して、大昔の出来事じゃない。
ついこの前のことなんだと改めて思った。

一番心打たれた台詞がありました。
内戦が始まって、ホテルに難民がくるようになってからのこと。
アメリカ…かどっかのテレビ取材班の人がきてて、現地の状況を撮って世界に流した。
それを流せばきっと、世界中の人が救けにきてくれる
ポール支配人は取材班の人にお礼を言った。
けれど取材班の人はこう返した。
「あのVTRを観ても、世界中の人は「怖いね」と言うだけで、またディナーを続けるでしょう」
この台詞、ホントに心打たれませんか。全くその通りだもんね。
夕飯のときに何気なくニュースつけて、どっかで紛争があったってニュース見たって、
「怖いなー」とかしか言わないもんね。そのままご飯食べ続けるもんね。
だからといって、私になにかできるといえば、そうでもない。
ここでご飯を食べる手を止めたところで、紛争は止まらない。
でもなんか…なんだろ。世界って、そういうもんなんだよな。
大きな戦争といったら、少し前にイラクの戦争があったけど、
たしかあの戦争真っ只中のとき、私ら家族は愛知に旅行に行ってたよ。
世界のどこかで人が死に、また違う世界ではバカンスを楽しんでる。
なんなんだろ。この釈然としない気分。
仕方ないで済ませばそれで終わり。でもそれじゃダメな気がする。
だからといってなにもできない。なんてむず痒い世界なんだろうか。
映画内でも、アメリカ・フランス・イギリスといった国々は、
ルワンダ一つどうにでもなればいいと、見捨てるんです。
国連軍は最後まで頑張ってくれたけども、はっきりいって無力だった。

1994年に争いが終わり、難民たちは付近の国に逃れた。
お金どころか家族を亡くしたり、すべてを無くしたりした人たちなのに、
翌年に起こった阪神淡路大震災に、本当にわずかに残ったお金を、
義援金として日本に送ってるんだよ。
これは彼らが、「怖いなー」で済ませていない証拠だよね。

とまぁそんな感じで。
自殺者が後を絶えない日本の現状ですが、考えたほうがいいよね。いろいろと。
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